脱腸(鼠径〈そけい〉ヘルニア)のお話

町立中標津病院 外科医長 川村典生
 脱腸という病気の名前は皆さん聞いたことがあると思いますが、どういった病気かイメージできる方はそれほど多くないと思います。脱腸は正式には鼠径ヘルニアといいます。40歳以上の方、または子供(乳幼児)に多い疾患です。鼠径というのは、いわゆる足の付け根のあたりを指します。この足の付け根の部分に、本来出てくるはずのない腸が飛び出してくるのが鼠径ヘルニアです。詳しい説明は控えさせて頂きますが、簡単に言うと足の付け根の部分に穴のようなものができる人がいて、ここから腸がでてくるのが鼠径ヘルニアです。飛び出すと言っても皮膚を破って出てくるわけではないので、実際には見た目は足の付け根の部分がポコッと膨らんだ感じになります。触ると硬くなく、押すとへこみ、グチュっとした感じがします。お腹に力がかかった時、特に立ち上がった時に飛び出してくるのが特徴です。症状はこの飛び出した感じの他に、痛み・不快感を伴うことがあります。乳幼児では痛みの他、不機嫌になったり嘔吐したりします。大体の場合は、飛び出してきた腸は手で押し込むとお腹にもどりますし、立っている時には座ったり横になったりすると自然にお腹の中にもどります。このため、多少は気になっても自分で脱腸を戻したり、またお子さんの脱腸を手で押して戻してあげている御両親も多いかと思います。
 鼠径ヘルニアを発症した患者さんは、基本的には全て手術治療の対象になります。
その理由としては、実は鼠径ヘルニアでも人が死ぬ事があるからです。鼠径ヘルニアには緊急事態があり、この緊急事態に陥ると死ぬ可能性がでてきます。緊急事態というのは、飛び出してきた腸が手で押しても戻らない状態のことを指します。これを「嵌頓(かんとん)」と呼びます。足の付け根の部分にできた穴から腸がでてくるのが脱腸、と説明させていただきましたが、嵌頓とは、この穴に飛び出した腸が強く絞めつけられた状態のことを指します。腸は強く締め付けられると、血が通わなくなり、腐って穴が開きます。この状態を腹膜炎というのですが、腹膜炎は無治療では助からない病気です。
 この状態を回避するために手術が必要になります。手術は小児の場合30分程度、大人の場合で30分~1時間程度ですみます。入院期間は子供は1泊2日、大人で3~7日程度ですみます。
 ありふれた病気なのですが、あまり侮ってはいけない病気です。気になる症状がある方は、万が一の可能性を回避するためにも、一度外科を受診することをお勧めします。