大人もかつては子どもだった

 私たち大人は、かつて自分が子どもだったことをつい忘れてしまう。たとえ思い出しても、子どもだった自分といま大人である自分とは違う存在と感じてしまい、懐かしさだけが増幅してしまいがちである。
 しかし、間違いなく子どもであった自分といま大人である自分はつながっている。年月なのか、時間や分・秒といった単位なのか、さらに意識することすらできないほどの小さな単位の時間の流れなのかはわからないが、子どもであった自分はいまの自分である。さらに言うならば、大人であるいまの自分は、子どものときからの時間の流れのなかで自分自身が作り上げてきた自分である。
 私達は、いまの自分に責任がある。同時に子どもであった自分を忘れてはいけない。
 子どもたちを目の前にするとき、その子どもも、私たちと同様いずれ大人になるのだと思えば、その子の子ども時代を理解し、大切にしてあげることもできるのではないか。
冬の日に


確かに
こんな朝があった
寒くてかじかんだ手をポケットに入れ
でも
道の小石をながめ枯れ枝のカラスをにらみつけ
ちんたらちんたら歩いていた
小学生だったろうか
高校生だったろうか

むかしは良かった
子どもだったから
何もかもが不思議で悩ましく
恐ろしかった
でも
悩みは一つもなかった
知らないうちに時間が過ぎ
問題はなくなっていた

むかしはよかったと言うべきではなく
むかしは子どもだったと言うべきか

カラスがナナカマドの赤い実をついばむのを見ると
かつては
パチンコで
このやろうと言いながら
ねらっていた
道端の石をひっくり返しては
ぬれた石裏の虫をはがして足先でけ散らした

いつのまに大人になったのだろう
いつのまに
カラスも虫も見えなくなったのだろう
いつのまに
水たまりの氷をわりながら歩く楽しみを忘れたのだろう
II

葉の落ちた樹々の間から見上げる冬空に
九歳の私の姿が浮かび上がり 消えた
人生の中での空白の一年
思い出そうとしても思い出せない時間

私は 走っていた
数人の同級生と共に走っていた
後ろから 一人の大人が大声をあげ追いかけてくる
私は遅れ 同級生はどんどん遠くなる

私の目に道端の手ごろな石が見え
見えた瞬間 その石を手に取ると 後ろを振り向き 思い切り投げた
野球も下手だった私の投げた石が命中した
私は 一度も後ろを振り向かず走った

いつの間にか 私は一人で歩いていた
夕闇の住宅街を家に向かって歩いていた

九歳というと 小学校四年生
私の担任の先生はNという中年の女性だった
小柄で高い声で話す人だった
目と顎の小さい 笑うと愛嬌のある顔立ちだった
III

何かとても悲しくなることがある
本当は悲しくないはずなのに
眼の辺りがじいんとなり
涙が鼻の中を伝って流れてくる

躰がほんの少しふるえ
不安な気持ちになる

大人になったはずなのに
泣き虫だ

自分はいつ死ぬのだろうかと時々考えてしまう
昔は決して想像すらしなかった

兄の死は四歳の記憶
太い注射とお寺のきれいな座布団
父の死は三十三歳
弾力を失った皮膚に姉の涙

自分が死んだ後 どうなるのだろうかと時々かんがえてしまう

昔は決して気にならなかった
死んだ後の私自身
私がいなくなった後の私の世界

私が死んだら私がいなくなり
私のいない世界が始まり時を過ごしていく
そんなことに私は耐えられるだろうか
私の死に私が立ち会えないなんて考えられない
平成21年11月 教育長
 小 谷 木  透