第40回 大人になるとは・・・

 私の父は缶詰会社に勤めていました。戦後間もなくから「円高・オイルショック・二百海里」の影響で最後の会社が倒産するまでの三十年間ほどのことでした。その間にも、不景気や時代の流れのなかで、会社が上手くいかない時には給料の代わりに缶詰そのものが支給されることがあったようでした。その結果、私の家にはラベルのない缶詰がダンボールごと山積みになっていることがありました。ふたに記号が刻印されているのですが、ラベルがないのですから家族にとっては何の缶詰なのか分からず、いちいち父に訊かなければなりませんでした。
 私が一番嫌いだったのが烏賊の缶詰であり、二番目が秋刀魚の缶詰でした。烏賊などは見るのも嫌で、食卓に置かれている皿に開けられた缶詰の烏賊を見るだけで食欲をなくしたものでした。私が大切な缶詰と思えたのは鮭缶でした。開けられた鮭缶をそのまま食べるのは、やはり好きではなかったのですが、母が鮭缶を材料として作ってくれるコロッケが大好きでしたから、鮭缶は大切な缶詰と思うことができました。
 六十歳を過ぎた現在、缶詰を食べるということはほとんどありませんが、あれほど嫌った烏賊の缶詰も、目の前にあればそれなりに食べるのではないでしょうか。美味しい日本酒などがあれば、もしかしたら喜んで食べるかもしれません。
 
 現在の日本の社会では国民が大人になるのは20歳です。ただ、一人の人間が大人になることに関してはさまざまな観点があるのではないでしょうか。精神の成熟、自身による経済生活の開始、結婚をして家庭を持つこと、そして親になることなどです。私の勝手な思いの中では、その中に食べ物に関する項目も並べたくなります。
 私は、今食べ物の好き嫌いはほとんどありません。九十を過ぎた母親が、「あんたがねえ」と時々不審そうに何でも食べる私に向かって言います。子どもというものはだいたい野菜嫌いですが、私もご多分にもれず野菜嫌いの少年時代をすごしました。もちろん、きんぴらごぼうなどは、私には最悪でしたが、今では並んだおかずの中から一番に箸でつかむのがきんぴらごぼうなのですから、本当に不思議なものです。
 ところで、身の中がいかにも気持ち悪い牡蠣を美味しいと思えたのは、何とも言えない嫌な磯臭さの雲丹を美味しいと思えたのは、いつだったのだろうと思うことがあります。人参を食べたいと、牛蒡を食べたいと、蕗を食べたいと思い始めたのはいつだったろうかと思います。たぶん、どれもが二十歳を過ぎて数年後、十数年後ではなかったでしょうか。
 食べ物の観点からは、喜んできんぴらごぼうを食べるようになった時が、私が大人になった時だったのではないかなどと思ってしまいます。
 
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 参議院議員選挙の投票が7月10日に実施されるということで、18歳選挙権の話題も「高校での取り組み方の問題」「親の実家に置いたままの住民登録の問題」とさまざまに語られています。
 また、イギリスでのユーロ離脱に関する国民投票の結果が世界を揺るがす大きな話題となっています。離脱の賛成・反対については、地域や年代による違いがあったようです。若者の多くはユーロ残留に賛成したようですが、離脱派が勝利を収めた後のあるインタビューで「私たちの未来はどうなるのだ」「これからの社会は私たちが主役だ」と嘆き、そして叫んでいました。
 私は、日本の若者にも、もっともっと自分自身の将来や社会の未来に思いを馳せ、嘆いたり怒って叫んだりしてほしいと思います。いくら仕事を探しても、非正規の仕事しか見つからない、働いてみたらブラック企業であったという若者の声を聞くことがあります。そういう状況にもかかわらず、日本においては、若者が大人しすぎます。「お上がちゃんとやってくれる。お上のやることには間違いがない」「自分が発言したり行動しても、何も変わりっこない」そんな思いなのでしょうか。若者は大人ではないのですから、野菜嫌いであるくらいがちょうどいいのですが……。
 
 私たちが生きている現代社会は、日本の歴史上においても世界の各国の中においても、平和で豊かで平等の社会であると言われます。もちろん、かっこ付きで、その中には錯覚という言葉が入ることになるかもしれませんが……。そんな社会において、一人の人間が大人になることは、きっと難しいのだろうと思います。私自身の姿や周りの人達を見ていると、その中に本当の大人を探すことは……


 
平成28年7月   教育長  小  谷  木  透