第44回 冬の朝顔

 今、教育長室の窓辺で朝顔の花が咲いています。葉も枯れたり腐れかかったりしていますが、毎日のように一つから三つの花を見せてくれます。
 昨年の初夏に種を蒔き、花が咲き始めたのが9月の半ばというのは、朝顔には大変申し訳ないことをしました。ひと月ほど花の時期があり、もう終りかな、そろそろ根を掘り起こし整理しなければならないなと思いだした頃、よく見ると花になりそうな蕾がいくつかついていました。そんなことをズルズルしているうちに、11月12月となり、ついにクリスマスの朝顔となりました。そして、年末を自宅に持ち帰り、正月の朝顔となり、今日現在も二つの花を咲かせ、厳寒の朝顔となっています。
 この朝顔の種は、私が校長として勤務していた上春別中学校で、ある先生が食品の付録についていたものを学校の花壇に植え、咲いた花からいただいたものです。ちょうど10年前でした。それから、私の転勤と共に、尾岱沼の潮風に咲き、根室の道職員住宅の物置横で蔓を伸ばし、中標津の私の自宅の庭に落ち着きました。教育長室には観葉植物がいくつかあるのですが、彩り豊かな花がないため、季節の切り花も庭から持ってくるのですが、その一端として朝顔にも顔を出してもらいました。
 
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 トランプ大統領の就任演説の全文(もちろん日本語訳)を読んでみました。
 以前『言葉のうつくしさ』というテーマで、彼の品性の不足故、大統領に相応しくないというようなことを書きました。

 選挙期間中とそれほど違わない内容でしたので、特に驚きもなく、感銘もなく、読み終わりました。気になったこともありました。アメリカ合衆国の国民に対して語っていることに間違いはないと思いますが、さまざまな言葉が使われています。
 その中で、「懸命に生きる全米の人々」「忘れられてきた人々」「米国人労働者」「中間層」「米国の労働者と家族」という言葉がありましたが、トランプ大統領自身や家族はこれらに属しているのでしょうか。属していないならば、彼はどこに属しているのでしょう。
 また、演説の後半で、聖書の中から「神の民が一つになって共に生きることは、なんと幸せで楽しいことか」と引用しています。「神の民」とは誰のことでしょう。聖書はアメリカ合衆国の国民のみが神の民であると言っているのでしょうか。
 
 まあ、アメリカ合衆国のことですから、その評価はアメリカ合衆国の皆さんに任せるといたしましょう。
 
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 正月明けのニュースで、日本老年学会が高齢者の定義年齢を65歳から75歳に引き上げるとありました。実は、私は一月に誕生日を迎え、めでたく65歳になり、年賀状にも「高齢者の仲間入りです」と書きまくったのですが、高齢者ではないと言われても実際の年齢が若返るわけではないので、うれしいやら、どうでもいいやら……。
 ただ、思うのは、中学卒業から50年たったのだなあということです。
 ちょうど、ビートルズ来日から50年ということで、正月にも関連のテレビ番組がありましたが、来日した1966年6月、私は中学3年生でした。私はビートルズに何の興味もない田舎の中学生でしたが、同級生の女の子が学校を休み一人で武道館に行ったのを覚えています。彼女は、4人の内のリンゴ・スターのファンだと言っていました。いま思うと、ポールでもジョンでも、ジョージでもなくリンゴであったというのは不思議な気もしますが、偏見でしょうか。
 あれから50年、「自分は何をしてきたのか」と思ってしまいます。
 
 散漫な文章を綴ってしまいました。お許しください。



 
中標津町教育委員会 教育長 小谷木 透


 
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