第46回 私にはわからない何か
「大事にする」と「大切にする」とはどう違っていて、どう使い分けたらいいのかと悩んだことはないでしょうか。辞書で調べるかぎり、その意味や使い方に違いはないようです。そこで、対義語を見てみますと「大事」に対しては「小事」、「大切」に対しては「粗末」と書かれています。つまり、「物事の規模が大きいから」と「物事の存在が貴重だから」の違いなのではないでしょうか。「仕事と家庭とどっちが大事か?」はよく耳にするフレーズですが、この場合、一般には「大事」を使うのでしょうか。「大切」を使って訊かれると、直ぐに答えるのをためらってしまう感覚があります。そして、「大事」で訊かれると「仕事」を選びそうで、「大切」で訊かれると「家庭」を選びそうです。
ところで、自分の親や子ども、パートナーを言う場合、「大事な人」「大切な人」のどちらを使いますか。好みや感覚の違いということになるのでしょうか。ただし、同じ意味を表す言葉が複数あるということはそれらの言葉の使い方やニュアンスに微妙な違いがあるのだと信じたいと思います。言葉は難しくて面白くて大切です。
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シリアという国では、2011年からのほぼ6年間に、内戦により20万人とも30万人ともいわれる人が死亡しているそうです。2200万人の人口のうち400万人が難民として戦禍を避け国外で生活しているということです。果たして、国家と言えるのか、国民を守り生活を保障する政府が存立していると言えるのか。
テレビによる報道で知ったのですが、その難民の子どもの一人が「勉強をしたい」「学校に行きたい」と涙を流し、切実な声をあげていました。また、家族が死んだり離れ離れになったりで、一人残された十代の少女が自分のからだを売るような状況でなんとか生きのびていました。日本における私たちの生活とは余りにもかけ離れた世界です。ただ、一人一人に人生があり、仕合せに生きたいと思っていることに何の違いもありません。
日本全国や中標津町を振り返り子どもたちの様子を眺めたとき、全国では不登校や登校拒否というような問題を抱えている子どもたちが何万人もいるのだという事実を目にします。中標津町でも、年間100日以上学校を休む子どもが何人もいます。教育委員会や学校では一人一人の環境や抱える問題に対応しながら学校への通学を促しています。時には、通学を促すことなく、保護者とともに一人の子どもを見守り続けています。
シリアの子どもたちの学校や学習に飢えている姿に比べると何という状況なのかと思われる方も多いのでしょうが、一概に比較できることでもありません。シリアの子どもと中標津の子どもでは抱えている問題の質は違っていますが、問題を受け止める子どもにとって受け止められる量の限界はそんなに違ってはいないのかもしれません。シリアにおいても、平和な時代が訪れ誰もが学校に行き勉強ができるような世の中になったとき、不登校の問題がクローズアップされることになるのかもしれません。
さて、巷では新学習指導要領への移行期間が始まるということで、『アクティブ・ラーニング』に代り『主体的・対話的で深い学び』、『カリキュラム・マネジメント』、そして『英語学習の低学年での実施』『道徳の教科化』『プログラミング教育』と、課題としてのタイトルが曇り空から次々と降ってきていますが、子ども一人一人の成長にそして社会で生きていく能力を培うために日々子どもたちと正面から向き合っている学校現場を思うとき、日本の社会は立ち止まって深呼吸をする間もない、忙しい社会だなと感じます。
私には分からない何かがあり、それが社会を動かしているのでしょうが、その中心にいる優秀な方々も総てが分かるとは思わず、自分にも分からない何かがあることを謙虚に受け止めてほしいと願うばかりです。
中標津町教育委員会 教育長 小谷木 透
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