今年は天候不順のようで、日照時間がかなり短いと新聞などでも報道されている。
当地は畑といえば牧草と馬鈴薯、ビート、ダイコンなどであるが、関係団体に勤める友人の話では、ダイコン、馬鈴薯はもともと寒冷地作物で影響を受けるほどではない。牧草は多少遅いくらいで涼しいくらいが牛にはちょうど良いらしくこちらも影響はないいはず、とのこと。
いくどとなく修羅場をくぐっている根室の農業はこの程度の天候不順ではぐらつかないとは何とも頼もしい限りである。
長年の改良技術が生んだ成果であろう。いまから35年程前、牧草地の開墾がどんどん進んでいたころは、開発はしたものの土壌改良や再整備が進まず、永年草地化した牧草地があちらこちらにあった。実はこの畑こそが野苺の宝庫で、夏になると母がアルミのボールをもって小指の先程の大きさの苺をよく摘みにいった。
摘んできた苺は、さっと洗って砂糖をかけて食べていた。ふわふわした苺も砂糖をかけると水分が出て小さくなり、そのぶんしまった感触となる。砂糖のたっぷりかかった真っ赤で酸味の強い苺がスプーン山盛りになって口に入ったときの味は少年時代の忘れえぬ思い出となっている。
しかし残念なことにエキノコックスという新しい病気がこの地域を騒がせ、知識として正しいかどうかは分からないまま、生でその苺を食べることもなくなってしまったのである。
そのころはフレップと呼んでいたような気がするが、あらためて図鑑で調べてみると「エゾクサイチゴ」といい道東部にある、となっている。詳しく調べてはいないが、どうもこの辺にしかないらしい。
実はこの苺は成育場所が非常に限定されてしまっている。というのも苺はもともと酸性土壌を好み、ゆえに改良の進まない草地に成育していたのである。しかし、今では酸性土壌の牧草地などはどこを探したって見つからないし、逆にそのくらい土壌改良は進んでいるのが当然だ。
あの懐かしい牧草畑の赤い王女は酪農の発展と共にどこへ消えてしまったのだろうと思っていたら、数年前偶然にも群生地を発見し、思わずあたりを見回して発見者が自分一人であることを確認しほくそ笑んでしまった。
摘んできた苺を洗い、砂糖をまぶしてしばらく待つと水分が出てくる。頃合いを見計らって器に移し、赤くて小さく、甘酸っぱい香りのするフレップをスプーンいっぱい口に運ぶ。
30余年前と同じあの味は、当時の思い出とともに口いっぱいにひろがったのである。